吉岡幸雄 『日本の色辞典』
自然界でそのまま緑の色を着色できるのは、唯一、銅の化合物である緑青(ろくしょう)という顔料だけである。」
(吉岡幸雄 『日本の色辞典』 「緑系の色」 より)
吉岡幸雄
『日本の色辞典』
紫紅社
2000年6月20日 第1刷発行
2001年12月15日 第3刷発行
302p
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,800円(税別)
企画・編集: 槇野修
染色: 染司よしおか 福田伝士
本書「はじめに」より:
「季節を待って咲く花に、土にあって深くのびている根に、枝に実る果実に、さらには樹皮の内側の肌に、と、ひそんでいる自然界の色素を汲み出すようにして、糸や布や紙を染めることを、私は生業(なりわい)としている。」
「私の仕事はいわば、明治になって日本に化学染料がもたらされるまでの、万葉から江戸時代の終わりまでの染職人が行なっていた、自然の植物から日本の色を出す業をたどるものである。」
「日本の伝統色を、自然の恵みから得た染料や顔料をもとに、技法もいにしえの無名の職人たちに学びながら再現したのが本書である。
色名にまつわる逸話や知見も、あるときは先人がのこした歌や物語に拠り、またあるときは先達の研究を参照しつつ、染場で私なりの、また、「染司よしおか」の練達の染師福田伝士氏の体験をまじえながら綴ったものである。」
本書「著者註記」より:
「●本書は、日本の伝統色のうち二百九色を中心に、また、近年身近で用いられるようになった外国の色名も含め、三百七十九種の色名を取り上げて解説するものである。」
「●三百七十九色のうち、本文で解説した二百九色の伝統色については、一部をのぞき、すべて天然の染料で絹布を染め、もしくは天然の顔料(岩絵具)を和紙に塗って再現した色見本を付した。」
「●色見本は、実際の染め見本から直接製版し、補色を用いながらできる限り染色に近付けて印刷したものだが、実物との若干の差異がある。」
「●巻末に、色名および襲の色目に関する索引を付した。」
本文中にカラー図版多数。表紙(カバー)は「艶紅染」です。
目次:
赤系の色
朱色 しゅいろ
真朱 まそほ しんしゅ
洗朱 あらいしゅ
弁柄色 べんがらいろ
代赭色 たいしゃいろ
赤銅色 しゃくどういろ
珊瑚色 さんごいろ
煉瓦色 れんがいろ
蒲色 樺色 かばいろ
茜色 あかねいろ 緋 あけ
深緋 こきあけ
紅葉色 もみじいろ
朱紱 しゅふつ
纁 そひ
曙色 あけぼのいろ 東雲色 しののめいろ
紅 くれない べに
搔練 かいねり
紅絹色 もみいろ
艶紅 つやべに ひかりべに
深紅 ふかきくれない
韓紅 唐紅 からくれない
今様色 いまよういろ
桃染 ももぞめ つきぞめ
撫子色 なでしこいろ
石竹色 せきちくいろ
桜色 さくらいろ
桜鼠 さくらねずみ
一斤染 いっこんぞめ 聴色 ゆるしいろ
退紅 たいこう 粗染 あらぞめ
朱華 はねず
紅鬱金 べにうこん
橙色 だいだいいろ
赤香色 あかこういろ
支子色 梔子色 くちなしいろ
牡丹色 ぼたんいろ
躑躅色 つつじいろ
朱鷺色 鴇色 ときいろ
小豆色 あずきいろ
羊羹色 ようかんいろ
赤朽葉 あかくちば
赤白橡 あかしろ(ら)つるばみ
蘇芳色 すおういろ
紅梅色 こうばいいろ
黄櫨染 こうろぜん
柿色 かきいろ
黄丹 おうに おうだん
萩色 はぎいろ
臙脂色 えんじいろ
猩々緋 しょうじょうひ
その他の赤系の色
紫系の色
深紫 こきむらさき 黒紫 ふかきむらさき
帝王紫 ていおうむらさき
貝紫 かいむらさき
古代紫 こだいむらさき
京紫 きょうむらさき
江戸紫 えどむらさき
半色 はしたいろ 中紫 なかのむらさき
浅紫 あさむらさき 薄色 うすいろ
紫鈍 むらさきにび
滅紫 けしむらさき
藤色 ふじいろ 藤紫 ふじむらさき
藤布
杜若色 かきつばたいろ
菖蒲色 あやめいろ しょうぶいろ
楝色 おうちいろ
菫色 すみれいろ
葡萄色 えびいろ
紫苑色 しおんいろ
藤袴色 ふじばかまいろ
桔梗色 ききょういろ
二藍 ふたあい
似紫 にせむらさき
茄子紺 なすこん
紺青色 こんじょういろ
脂燭色 しそくいろ
その他の紫系の色
青系の色
藍 あい
藍染の色 二趣
紺 こん
縹色 花田色 はなだいろ
青黛 せいたい
浅葱色 あさぎいろ
水浅葱 みずあさぎ
水色 みずいろ
甕覗 かめのぞき
褐色 かち(ん)いろ 青黒 あおぐろ
鉄紺色 てつこんいろ
納戸色 なんどいろ
藍鼠 あいねず
青鈍 あおにび
露草色 つゆくさいろ 花色 はないろ
山藍摺 やまあいずり 青摺 あおずり
空色 そらいろ
群青色 ぐんじょういろ
瑠璃色 るりいろ
その他の青系の色
緑系の色
柳色 やなぎいろ
裏葉色 うらはいろ
木賊色 とくさいろ
蓬色 よもぎいろ
緑色 みどりいろ
青緑 あおみどり
若竹色 わかたけいろ
青竹色 あおたけいろ
萌黄色 もえぎいろ
鶯色 うぐいすいろ
鶸萌黄 ひわもえぎ
鶸色 ひわいろ
千歳緑 ちとせみどり せんざいみどり
常磐色 ときわいろ
松葉色 まつばいろ
若菜色 わかないろ
若苗色 わかなえいろ
若草色 わかくさいろ
苗色 あねいろ
麴塵 きくじん 青白橡 あおしろ(ら)つるばみ
山鳩色 やまばといろ
青朽葉 あおくちば
苔色 こけいろ
海松色 みるいろ
青磁色 せいじいろ 秘色 ひそく
緑青色 ろくしょういろ
白緑色 びゃくろくいろ
虫襖 むしあお 玉虫色 たまむしいろ
その他の緑系の色
黄系の色
刈安色 かりやすいろ
黄蘗色 きはだいろ
鬱金色 うこんいろ
山吹色 やまぶきいろ
黄支子色 きくちなしいろ
柑子色 こうじいろ
安石榴色 ざくろいろ
朽葉色 くちばいろ
黄朽葉 きくちば
黄橡 きつるばみ
女郎花色 おみなえしいろ
萱草色 かんぞういろ
波自色 櫨色 はじいろ
菜の花色 なのはないろ
楊梅色 山桃色 やまももいろ
卵色 たまごいろ
承和色 そがいろ
黄金色 こがねいろ
芥子色 からしいろ
黄土色 おうどいろ
雌黄 しおう
その他の黄系の色
茶系の色
唐茶 からちゃ
樺茶 かばちゃ
団栗色 どんぐりいろ
榛摺 はりずり
柴染 しばぞめ ふしぞめ
阿仙茶 あせんちゃ
檜皮色 ひわだいろ
肉桂色 にっけいいろ
胡桃色 くるみいろ
柿渋色 かきしぶいろ
栗色 くりいろ 落栗色 おちぐりいろ
栗皮色 くりかわいろ
桑染 くわぞめ
白茶 しらちゃ
鳥の子色 とりのこいろ
生壁色 なまかべいろ
砥粉色 とのこいろ
木蘭色 もくらんいろ
香色 こういろ 丁子色 ちょうじいろ
蟬の羽色 せみのはねいろ
一位色 いちいいろ
錆色 さびいろ
亜麻色 あまいろ
生成色 きなりいろ
苦色 にがいろ
象牙色 ぞうげいろ
江戸茶 えどちゃ
路考茶 ろこうちゃ
璃寛茶 りかんちゃ
梅幸茶 ばいこうちゃ
団十郎茶 だんじゅうろうちゃ
芝翫茶 しかんちゃ
土器茶 かわらけちゃ 枇杷茶 びわちゃ
枯茶 かれちゃ
媚茶 こびちゃ
焦茶 こげちゃ
褐色 かっしょく
金茶 きんちゃ
鳶色 とびいろ
訶梨勒 かりろく
杉色 すぎいろ
葡萄茶 えびちゃ
琥珀色 こはくいろ
雀茶 すずめちゃ
煤竹色 すすたけいろ
四十八茶百鼠
その他の茶系の色
黒・白系の色
鈍色 にびいろ
橡色 つるばみいろ 黒橡 くろつるばみ
檳榔樹黒 びんろうじゅぐろ
憲法黒 けんぽうぐろ
梅染 うめぞめ
紅下黒 べにしたぐろ
藍下黒 あいしたぐろ
空五倍子色 うつぶしいろ
お歯黒
墨 すみ
呂色 ろいろ 蠟色 ろういろ
鼠色 ねずみいろ
灰色 はいいろ
涅色 すみいろ 皂色 くりいろ
銀鼠 ぎんねず
丼鼠 どぶねずみ
利休鼠 りきゅうねずみ
深川鼠 ふかがわねずみ
藤鼠 ふじねずみ
鳩羽鼠 はとばねずみ
白土 はくど
胡粉 ごふん
卯の花色 うのはないろ
雲母 きら
氷色 こおりいろ
その他の黒・白系の色
金・銀系の色
金色 きんいろ
白金 はっきん
銀色 ぎんいろ
日本の色を深く知るために
色をあらわす材料
五行思想
位と色について
『延喜式』
襲の色目
索引
主な参考文献
◆本書より◆
「二藍 ふたあい」より:
「藍(あい)に紅花(べにばな)を掛け合わせて染めた紫系の色で、それぞれの染料の濃度によってさまざまな色相があらわされる。
日本の染色の技術は、五世紀、大和の国にようやく統一政権が誕生した頃より、中国および朝鮮半島との交流が盛んになって、飛躍的に進歩した。
『日本書紀』の応神天皇三十七年には、「阿知使主・都加使主を呉(くれ)に遣して、縫工女(きぬぬいひめ)を求めしむ。…… 呉の王(こきし)、是に、工女(ぬいめ)兄媛(えひめ)・弟媛(おとひめ)、呉織(くれはとり)、穴織(あなはとり)の四(よたり)の婦女(おんな)を与ふ」とあるように、すでに呉の国はなかったが、呉と通交して以来、わが国では呉は中国の意にも用いられ、中国伝来のものに冠せられたりしていたのである。
加えて、藍染や赤い紅花、艶やかな紫など鮮やかな色彩を染める技と、それに用いる染料植物ももたらされるようになった。そのため紅花を、呉の藍、すなわち呉の国からやってきた藍ということで「くれのあい」といいあらわしている。
赤い色を出す染料であるのに、呉藍、紅藍と「藍」を用いるのは、藍は染料を総称する言葉でもあったからである。そうしたところから、蓼藍(たであい)(青)と呉藍(紅花、赤)という二種類の藍(染料)を掛けてあらわす紫系の色を、いつの頃からか二藍(ふたあい)と呼称するようになった。」
「四十八茶百鼠」より:
「江戸時代の初期、寛永・寛文の時代をすぎたあたりから、天下太平を謳歌した元禄時代にかけて、江戸、京、大坂といった大きな都市における町人の繁栄振りには眼を見張るものがあった。」
「町人たちは富を築くとともに、公家や武家のような贅沢な暮らしを目指すようになり、衣服にもその兆しはあらわれた。」
「幕府は奢侈(しゃし)禁止令をたびたび出して、庶民の華美、贅沢を禁じた。紅、紫、金糸銀糸、総鹿の子などの華やかな衣裳を着てはならないというお触れを出したのである。
富める町人たちはそれをやむなく受け入れ、幕府の禁令に対して、茶や黒、鼠系統の地味な色合の縞や格子、小紋染の着物など、表向きには目立たないものを着るようになっていった。
だが、茶や黒にもさまざまな変化をつけたのである。そして、それぞれの色に、当時人気の歌舞伎役者、歴史的人物、風月山水などあらゆるものからゆかりのある名前をとってつけ、その微妙な色相の変化を楽しんだようである。
その数は、「四十八茶百鼠」といわれるように、茶色には四十八、薄墨から墨にいたっては百もの色があったという。実際にそれだけの数があったのかどうか詳らかではないが、それほど多かったということなのだろう。」
「江戸時代の人が、元禄をすぎた頃より、幕府の禁令にそむくことなく、粋なお洒落として、こうした茶・黒系の色を基調に、縞・格子、小紋などの着物を好んだことは確かではあるが、その頃でも裏地には、女性なら鮮やかな紅絹(もみ)をつけたり、男性なら羽織の裏に描絵をほどこしたり、インドやヨーロッパから舶載された手に入りにくい裂を使うなど、見えないところに華麗な色や意匠を凝らしていたことも忘れてはならない。
「裏優(うらまさ)り」といわれ、庶民の心意気と反骨心をあらわすものだろう。」
こちらもご参照ください:
文:高橋順子/写真:佐藤秀明 『雨の名前』